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エッセイ 教育者としての矛盾

教育者の資質としての一つに、どれだけ大きな矛盾を抱えられるかということがある。


昨日、言っていたことと今日、言っていることと違うと気にしているようでは駄目である。むしろ、進んで今日言っていたこととは、矛盾することを明日言うべきである。


何も、でたらめを言えば良いと言っているのではない。


ガンジーの言葉を引こう。
「明日、逝くがごとく生活し、永遠に生きるがごとく、学べ」


生ということについて、明らかに矛盾している。ガンジーが、本当の教師であったことの証拠である。 
 
生徒は、理屈ではなく本能で教師を見るものである。この人は、大人としてどれくらい人間の幅を持っているかを、注視しているものである。その人の抱え込んでいる矛盾の幅が、その人の人間としての器に他ならないことを本能的に知っているのである。


矛盾を怖がって常に、規則を盾にする教師はどこの学校にもいるものである。生徒は、そういう教師は壁だと思って黙っているか、酔狂な生徒は壁を壊そうとする。


だが、以前と比べ、学校の生徒の質から言えば、かなりおとなしくなった。理由は、色々挙げられるだろうが、ともかく、昔のいわば、尾崎豊流の生徒は姿を消したようである。


だから、もう一方の人間の顔を持っている教師には、同じく人間的な顔で対してくるが、今の子供は、そういう教師を、その顔は本当かどうかと試そうとはしなくなった。


教師にとっては、有難い風潮だが、昔の学校を知っている者としては、ある不思議な思いを覚える光景である。


ある熱くてしようがない思いが内向している。何事かを、期待して待っているような、或いは、何事かを諦めきったような、それも、そのどちらでもあるような、また、どちらともけじめの付かないような、独特な雰囲気だと言ってよかろうか。


どうやら、現今の若い人々は、進歩に倦んで、成熟を目指す方向に、向かいつつあるのではないかという、かすかな期待を抱けるのかも知れないが。


ともあれ、もし、そうであるならば、教師自らが人間として成熟していなければ、意味を成さないことではあるが。