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エッセイ ベートーヴェン「ディアベリ変奏曲」

この曲は、昔から気になっていたピアノ曲で、op.111のピアノソナタに心の底から感激し、もうこれ以上のピアノ曲はあるまいと思っていたときに、op.120のこの大曲があると知って驚き、聞きたくてどうしようもなかった。学生時代のことである。


最初にグルダを聞いたが、どうも納得できない。次にブレンデルの演奏会での録音を聞いて、これはいいと合点した。ブレンデルには他にスタジオ録音版もあるが、演奏会の方が出来がよいようだ。


そうして、最近になって、だが、もっといい演奏があるはずだと思い始め、ゼルキンの55年版の演奏会でのCDを買ったが、もう少しと思った。そこで、69年版のCDを買ってようやく、この曲の真価に出会えたと感激した。


単なる思いつきと悪ふざけ、冗談、そして生真面目さと峻厳さ、また神聖さまで、こういった性質が、分析など不可能なところで一体化されているこの怪物的作品は、もちろんどの演奏家にとっても難しすぎる難曲である。


こうした性質から、グルダなんかはじつに見事に弾きこなすだろうと推測していたのだが、そうでもなかった。かえって、渋い味わいを得意とするブレンデルの方に、私の中で軍配が上がったのは、我ながら意外であった。グルダの演奏はとても構築的なのだが、何かを釣り落としてしまっている。また、グルダにはめずらしく若干緊張していて、いつもの自然体を損なってしまっている。(だが、グルダファンの中には、頑固にグルダの方がいいと言い張る人もいるようなのだが、私は与しない)ブレンデルは、いわば無難な弾き方といっていいのだが、なんとも言えない滋味がにじみ出てきて飽きない。


そうして、最終的に決着をつけてくれたゼルキンである。この人の弾き方は一言では言い難い。生真面目に語られる無類の冗談。また、柔軟に奏される神聖さ。ゼルキンは若いときに、非常に厳しい、一方で言えばとても堅苦しいスタイルを身につけた人だが、その確固としたスタイルから、もう一段、別のものを掴み取ることに成功してしまった人としか言いようがない。


この怪物的作品が、生き生きと自由に泳ぐ場を惜しげもなく与えながら、大事なところを決して踏み外さない。しかも、その大事なところがどこなのか、さっぱり分からない。 見事な名演である。


69年版は、やはりピアニストの息子のピーターが、どうしてもこれにしてくれと製作会社にたっての希望ということでCD化されたものだそうである。そのエピソードも、なるほどと合点したものである。