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エッセイ 雑感<気候というもの> 

日本は自然の厳しい国である。夏は東南アジア諸国並みに暑く、冬は北欧並みに寒い。わたしと同年代の人は、日本を亜熱帯型(もしくは温帯型)モンスーン気候の国だと習ったはずだが、今は、どの教科書を見ても、そうは載っていない。


世界地図から見て、これほど小さな国であって、また、これほど地域によってバラエティに富んだ気候の国は、世界のどこにもないようである。


小さな国でありながら、急峻な山々が多く、しかも南北に長い。昔話の「ヘンゼルとグレーテル」は、子供が森の中を歩いて彷徨う話である。実際、ヨーロッパの森は、子供でも歩けるほどの平坦さなのだが、日本の森は、子供だけで歩けるような所ではない。


一時代前、ある学者が気候や風土によって、学問や思想、また、宗教などの成立過程を説明しようと企てたが、これは、しかし一つの仮説を出なかったようである。


それはともかく、日本は自然の厳しい国であるだけではなく、自然災害が他の先進国と比べて、遥かに多い国である。災害列島という言葉さえある。地震、台風、異常気象、高温、低温状態等々。


数年に一度は、何らかの災害に、また、数十年に一度は大災害に見舞われている。現在の日本では、少し和らいだ感じだが、各地で高温に見舞われていて、みんな騒いでいるが、少し考えてほしい。


幾十年か前、冷夏で米が大凶作の年があった。一年だけだったが、国は、タイからあまり味の良くないタイ米を大量に緊急輸入し、日本米の奪い合いまで起こったほどだったが、現代的な事情のお陰で、餓死者はなく済んだ。このときの世情の不穏さは、今の日本どころの騒ぎではなかった。猛暑の夏より、冷夏の方がはるかに怖いのである。


それで、よく言われる地球温暖化の話だが、わたしはその話の真偽はともかく、地球が温暖化するその原因が、単に、二酸化炭素の増加という単純な公式にかかっているというその単線的な考え方に、強い違和感を覚える者である。エルニーニョ現象という、異常気象を説明する際に用いられる短絡的な観測方法も同断である。


気象のような複雑微妙極まりないものに対して、なんと単純なものの考え方であろうかと思ってしまうのである。


西洋は、複雑な事象を単純化するのに長けた思考を持っている。ただ、これは、西洋の思考法の一潮流に過ぎないのだが、現代では、あまりにその思考法が幅を利かせているように思われて仕方がない。


また、地球温暖化現象には、背後にキリスト教的な終末論的な考え方が、透けて見え過ぎる。信仰に依らない人間的営為は、それ自体、破滅を招かずにはいないという、西洋人には抜き難い思考である。


複雑で入り組んだ問題を分類し、単純化するのは、西洋的な思考法のもっとも得意とするところであるが、また、その雑駁さ故の間違いや勘違いも殊のほか多い。日本の気候を先の気候型と決めつけたのもそうした思考法に拠る。


そうして、そうした思考法は、至極単純に、敵となるものを作り上げてしまう。二酸化炭素やタバコ等は、その代表的なものであろうか。一時代前のドイツでは、ユダヤ人がその標的となったのも一例となるであろう。


ともあれ、短絡的な思考法が幅を利かせている昨今のような気がしてならないが。