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エッセイ 人を見るということ

人を顔で判断するのがはやりである。地下鉄の週刊誌の広告には、これでもかというくらい顔ばかり載せている。


わたしは週刊誌や雑誌などを読む習慣がない。せめて、文藝春秋くらいはと思うのだが、今の冷笑主義の論調に嫌気がさし、読む気がしないでいる。だが、地下鉄の週刊誌の広告だけは、よく見る。


週刊誌などの雑誌は、広告だけを見ておけばいいというのが、わたしの持論である。


さて、顔であるが、人を顔だけで判断するのは、絵を印刷された画集だけで判断するのと同じく、大きな落とし穴があって、はっきり言って危うい。あまり、普通の人には薦められない方法である。


ニーチェは人のことを判断するには、その人についての逸話が三つあれば足りると言っている。これは、それぞれの小さな直感を繋いでいって、大きなまとまりのある直観とする、いわば帰納法である。ニーチェが顔について言っていないのを注意して欲しい。


孔子の言葉に「その為すところを見、その拠るところを見、その安んずるところを察すれば、人いずくんぞ隠さんや。人いずくんぞ隠さんや。」がある。やはり、ニーチェと同じく、顔のことは言っていないし、これは、人を見るときのより確かな帰納法である。


これは、良い教訓なので、人を顔だけでどうのこうの言う世相には、抗う必要があるだろう。


徒然草には「達人の人を見る眼は少しも過ることあるべからず」とある。<正しい直観力を持つ>「達人」と断っているのが重要なので、誰もが達人である訳がない。兼好は、続けて、では、どういう人が達人でないかを、事細かに分析的に言う。そして、「明らかならん人の惑える我らを見んこと掌の上をのものを見んがごとし」と言っている。


直観の正しさは、知性による周到な反省があって、はじめて保証される。達人面だけは止めた方がよかろうかと思う。