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エッセイ 年齢ということ

「資本論」に、こんな言葉がある。「人が、半年生きるということは、その半年分、死に近づいたということである。」これを読んだ当時、また、年齢を重ねた現在も、この物差しで測ったような年齢についての見解には、砂を噛むような人生を見せられている気がして、どうしても、釈然としない思いを抱かせられたものである。まったく、唯物論的年齢観であろうか。


これに比べれば、孔子の言葉の方が、よほど気が利いている。心理学で、ライフサイクルの言葉として、最近欧米で注目されたのであるが、十有五にして志学、三十にして而立、四十にして不惑、五十にして知命、耳順等、年齢に喜びと、成熟という思想の指標とが宿っている。


ただ、現代は、人間をそうそう易々と成熟させない時代である。時代も、ずいぶんと唯物論化したものである。わたしは知命は過ぎたが、まだ、惑わずということも、天命を知るということについても、中途半端にしかできていないし、これからも、できないだろうとは思っている。


欧米では、東洋思想となると、ます、禅仏教、それから老荘思想がクローズアップされ、儒教は脇に置かれることが多いが、この論語に書かれている、儒教の代表的な年齢観が、欧米で有名になったことについては、欧米人も、人間の成熟という思想に共感する人が増えたということだろう。


欧米には、成熟という言葉はあっても、指標となる言葉は、old wise manくらいしかないようである。


「進歩よりも成熟」と、わたしはいつも反時代的に、心の中で思いながら生きているのだが、大勢にはなかなか抗えない。スマホやパソコンの使い方、AIが今、どんなことしているかなどとかに興味をもって、なかなか、成熟とはほど遠いのが現状である。