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エッセイ 死の観念というもの

人間は、心の中でじつに多くの逃げ場をつくるものだが、その最たるものは、死の観念であろう。”死”ではなく死の観念である。


ラ・ロシュフーコーだったと記憶しているが、死を本当に思うことは、太陽を見つめ続けるのと同じく人間には、本来無理な仕業であると言っていた。


現今、ドクロのアクセサリーや小物が流行っているが、あれは単なる観念的な飾りであって、現代人が死に対する認識を深めている証拠ではない。


ただ、ここに異常な認識力を持った人間がいて、死の観念ではなく”死”を並外れた力で認識できる人間がいるとしたら、その人間は、今の世の中にどんな発言をし、行動をしうるだろうかと考えてみるのも無意味ではないように思える。


一人思い浮かぶのはリルケである。この暗闇の詩人は、徹底してネガを撮り続けた。その先駆はボードレールだろうか。ただ、彼らの本性は敬虔なキリスト教徒であったことを見逃してはなるまい。


本当に死は、量り知れない。この思想は深浅が問題なのであって、どれだけ死を考えたかということに拠るのではない。


死をじつに深く認識した人間は、周囲にある抜きがたい影響を及ぼすことを思わずにはいられない。だが、現代では、こうした人間はじつに稀である。これは、だが、現代に限らないかも知れないが。ともあれ、現代は、死が単なる観念となり代わり、人間から成熟さえ奪おうとしている時代であるのは、確かなようである。