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エッセイ 新約聖書に見る<イエスの思考法>

聖書には考えさせられる思考が多くあるが、その中でも、イエスが神の永遠性について言うとき、帰納的に考えているのが注意を引く。


神は、アブラハムの神であり、ヤコブの神であり、イサクの神であった。従って、神は同じ一人の神であり、また永遠であると。


確かに、神を考えるとすれば、人間の分際で、それをまったく超絶した存在を全体的に見てから、それを分析していくという演繹法に頼って考えることはできない相談なので、無理にそうしようとすれば、それは単なる神観念に堕してしまう。イエスの言うことに、間違いはないのであろう。


また、聖書には、この金は、現世の支配者かそれとも神かどちらに払えば良いのかという人間が現れて、イエスを試そうとするとき、イエスは「何故、あなた方はわたしを試みようとするのか」とまず苦言し、それから長い間沈黙し、「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返せ。」という有名で、また実質を伴った見事な言葉が見えるのだが、わたしにはその驚嘆すべき言葉もさることながら、その長い沈黙の間、イエスは一体何を考えていたかと気になる。その間、イエスは地面に何か書いていたとの記述もある。


イエスはただ単に神に祈って言葉が下るのを待っていたのだろうか、それとも、思考を隙間なく張り巡らしていたのだろうか。わたしとしては非常に気になるところである。だが、この人の内面をのぞき見るなどということは、どうしても出来ない相談ではあるのだが。