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エッセイ 諸思想雑感 -人格形成力としての-

キリスト教の人格形成力にはたいへん力強いものがある。マザー・テレサの例を見ても分かる通り、往時の勢いは衰えたとはいえ、未だに、聖女を輩出する力を持っている。最近の例では、アメリカの前大統領のブッシュであろう。この劣等生の飲んだくれを超大国の大統領まで押し上げたのは、まさしくプロテスタントの人格形成力に他ならない。
 それで仏教だが、日本では仏教系の新興宗教は非常に勢力は盛んだが、いずれも、政治的な勢力と言ってよく、キリスト教の持っているような人格形成力は一向に聞かれない。 
これは、他の国でも同様のようで、日本が飛鳥時代から平安期、鎌倉期、さらには、江戸期にまで輩出したような仏教的偉人達は、今日、望むべくもないようだ。少し残念な気もするが。
 儒教が、日本の明治期に驚嘆すべき人物達を輩出したのは、言うまでもない。新世代の人間として儒教を攻撃してやまなかった福澤さえ、「丁丑公論」や「痩せ我慢の説」はもとより、「福翁自伝」にしても、その脊髄となっているのは、紛れもなく儒教による人格形成力である。
 イスラーム教についてはよく分からないところが多いが、ガンディーはヒンズーとイスラムが同居する地帯で生を受けた人で、その統合の象徴としての人格は、王としての素質を持って生まれた人のものであり、ヒンズー教やイスラム教の人格形成力に拠っているのかどうか、判断は難しいように思う。
 そうして共産主義だが、思想の正否は別として、この思想がレーニンや毛沢東などの共産主義的革命家という特殊と言って良い人格を形成する力を持っていたことは間違いない。不思議な独特な思想である。だが、ポルポトのような人間を同時に生みもするが。
 民主主義はどうであろうか。日本では田中角栄がいたりする。
 そうして、どの思想にもおよそ純血種というものはないということ。どの思想も、葛や藤が絡まるようにその人格において複雑な形態を取るものだと言うことを言って置きたい。